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2011年5月27日 (金)

小さな町から、小さな町への支援【続報】

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「小さな町から、小さな町へ。 支えあおうプロジェクト」、GWの保津川・山本浜での鯉のぼり掲揚イベントから始まった、地域から地域を支えようというプロジェクト、縁あって宮城県東松島市や、福島県原ノ町市に避難されている皆様に、支援物資をこれまでに何度かにわたってお届けすることができました。

そんな中、牡鹿半島の南端近く、「鮎川集落」の自宅避難者の集落の5/23現在の状況が飛び込んできました。戦後の混乱期ではなく、今、日本で現実に起こっているお話です。ぜひ、お目通しください。

鮎川集落は、宮城県牡鹿半島の先端部にある地域です。 鮎川浜地域は、町の70%が津波で流されてしまいました。高台にある30世帯に、約100人が避難されています。

水は給水車が来てくれますが、地域の殆どが高齢者の為、運ぶのが困難な状況です。 お店等は付近に全くありません。

公民館1Fが遺体安置所。地元民が管理。2Fが役場になっているそうです。ガレキの撤去はほとんど手つかずで、日々、男性達で撤去・片づけ作業を、奥さん達女性陣が共同で炊き出しをされているそうです。

配給はパンとおにぎりが1週間に3回あるとのことですが、全く足りていません。分量も、人数に対して3割程度とのこと。貰えるのは1世帯におにぎり2つ程度だけ!

お話を伺うと、届いた支援物資をかさ増しして食べるためにパン粉・小麦粉・食用油、そうしたものも必要とのこと。21世紀の、この国で今、起こっているお話しです!!

そもそも独居老人が多く、子供はほとんど居ない。店も、ガススタンドも何も無く、車はあっても、燃料が入れられず、買い物不可。牡鹿半島という所は、元々お店自体が無く、震災前は車で遠くの町まで買い出しに行ったり、街場から車で行商の方が来る形で、食料や日用品を手に入れていたそうです。

ところが震災で、そのシステム自体が成り立たなくなり、最寄りの石巻市もまた市街地のダメージも酷い場所なので、買い物をするとしたら更に内陸部まで行かないといけないのです。牡鹿半島の先端部にある鮎川浜から、石巻市街地まででも車で2時間くらい。そこから、お店が機能している地域まで行くのが、更に1時間程といった環境です。しかも地震による道の寸断や悪路の為、迂回しなければならない事も。

この知らせを頂いてすぐに、亀岡の有志のみなさんでお米などを募って送ることができました。小さな町から、小さな町への支援、しっかりじっくり、進めていきたいと思います。

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