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2007年11月12日 (月)

神蔵寺のもみじ

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帰宅後、神蔵寺の紅葉のライトアップを見に行きました。

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丹波・亀岡の現存するお寺の中でももっとも古いお寺のひとつ、神蔵寺。

寺伝によると、延暦9年(790年)に伝教大師最澄が延暦寺根本中堂を建立された時、比叡山より西方を眺めると、「紫雲たなびき朝日に映える山」を見つけられたそうな。

その山こそ、この神蔵寺の背後にそびえる朝日山であり、大師自らこの地を訪れて寺を建立されたのが、この朝日山神蔵寺。

さて、このお寺の秘仏といえば、伝教大師最澄作と伝えら得る(!)薬師如来像。根本中堂の薬師如来と同木で薬師如来像を刻み、神蔵寺は天台宗の一大道場として開創されました。その後、正暦年間(990~995年)には26を数える堂塔伽藍を整えた大寺であったとか。その後11世紀に入り源氏一門の崇拝が篤くなり、この寺も隆盛を極めました。

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しかし、その後このお寺は波乱の歴史を刻みます。ことの発端は、宇治川の戦い

源氏一族の崇拝が篤かったため、治承四年(1180年)に源頼政が以仁王を奉じて平家討伐の兵を挙げた際、三井寺の僧兵と呼応して、神蔵寺もはせ参じました。しかし源頼政はあえなく討ち死してしまい、平家により神蔵寺は寺領を没収されたそうです。

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その後、嘉禎元年(1235年)天台宗の達玄僧都がこの地に来て往時をしのび再興を発願され、今までの女人禁制を解いて再び丹波随一の名刹となります。そして、応永年間(1390~1420年代)の頃には室町幕府の管領、細川頼元の保護のもと、ふたたび隆盛を極めました。

が、それもつかの間、天正3年(1575年)、今度は織田信長の命を受けた明智光秀の丹波平定の折、この寺も焼失してしまいまます。しかし、本尊である薬師如来は、信徒の手により菰で巻かれ山中に隠されたので、なんとか難を逃れました。以来、この山中より流れる川は「菰川(こもがわ)」と呼ばれています。

江戸時代になり、承応2年(1653年)に、浄土宗の僧願西により本堂、阿弥陀堂、鐘楼等が再建されました。現在の本堂はその時のものと伝わっています。延宝7年(1679年)[延宝3年(1673年)の説もあり]亀山城主松平伊賀守源忠昭が臨済宗妙心寺派の高隠玄厚和尚に寺門を再興させ、以来臨済宗の法脈が継承されて現在に至っています。

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現在では、丹波・亀岡随一の桜と紅葉の名所として知られています。

先週木曜日から始まった紅葉のライトアップ、境内に入ると見上げるばかりの紅葉が息を呑む美しさで迫ってきます。樹齢は300年以上、ただただ、感心するばかり。本堂の裏に薬師如来を祀ったお堂があり、お正月と9月の縁日の際にだけ公開されているそうです。

京都市内だけではなく、その周辺にも趣深い紅葉の名所はいっぱいあります。ぜひ、里の紅葉にもお越しください。

◆ 神蔵寺龍潭寺

    • 期間:2007年11月8日(木)~15日(木)
    • 時間:18:00~21:00

◆ 出雲大神宮鍬山神社

    • 期間:2007年11月17日(土)~25日(日)
    • 時間:18:00~21:00

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