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2007年7月13日 (金)

了以七夕花灯路2007

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昨日、7月12日は保津川や高瀬川といった京の都の水運の生みの親、角倉了以翁の命日です。

角倉了以(すみのくらりょうい、天文23年(1554年) - 慶長19年7月12日(1614年8月17日))は、戦国時代後期から江戸時代初期にかけて活躍した京都の豪商で、朱印船貿易の開始とともに、安南国(北ベトナム)などとの貿易により財をなした人です。また幕命により、保津川や高瀬川、さらには富士川、や天竜川等の開削を行ったことで知られています。角倉家は茶屋四郎次郎の「茶屋家」、後藤庄三郎の「後藤家」とともに「京の三長者」といわれるほど繁栄していたそうですが、中でも角倉家は古くから成功していたこと、そして何より「水運の父」ともいうべき存在として京都では知られています。

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昨年の保津川開削400周年に了以ゆかりの寺・亀岡市保津町の養源寺で今年から地元保津町自治会が中心となり「了以の偉業」を讃えるイベントを開催されることになりました。

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800本の竹の灯ろうが道を照らし、養源寺の境内には、さまざまなあかりのオブジェが並んでいました。ちなみに、このお寺、時代劇「大奥 華の乱」のロケにも使われたそうです。すぐ近所には丹波亀山城の屋敷を移築した地域の会所があり、こちらもなかなか趣のある建物で、山田洋二監督の映画のロケにたびたび使われているそうです。

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本道には、地元の方が彫られた了以の像も安置されています。嵯峨・大悲閣のものよりはいくぶん穏やかな表情。ちなみに、タイムカプセルにもなっているそうですよ。

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ここ数日は、上流域での大雨のせいで、保津川も大きく増水し、保津川下りも運休が続いています。年々凶暴化する梅雨、これも温暖化の影響なのでしょうか。

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コメント

今回はご参加ありがとうございました。お昼は大雨警報が出たりしてどうなることかと思いましたが、夜には雨も上げり、沢山の皆さんにご参加いただき喜んでします。また、きれいな写真を載せていただきありがとうございます。今年は初めての自治会主催でした。また、来年も出来ればと思うんですが・・・。頑張ります。ではでは・・

投稿: ※屋 kei-taro | 2007年7月14日 (土) 15時01分

>※屋 kei-taroさん
毎日、保津川も心配な状況が続いていますね。思っていたよりも見事な灯ろうで(失礼!)感動しました。ぜひぜひ、夏の日吉のイベントにもお越しください!

投稿: harada | 2007年7月14日 (土) 15時32分

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