« 蘇洞門めぐりと三方五湖 | トップページ | 正面橋 »

2007年5月 6日 (日)

Honda US Accord Wagon 2.2iR

0003_1

GW最後の一日は雨。今日はクルマの話でも。(ついでに、やっと「百年桜と常照皇寺」も追記しましたので、ご覧下さい)

私の前の車は1992年式ホンダ・初代アコードワゴン(CB-9型)でした。先輩が中古で買って、それをタダで譲ってもらったのですが、私にとって初めてのマイカー。この初代アコードワゴンは、いわゆる逆輸入車。アメリカ・ホンダのオハイオ工場で生産されて、日本に輸入されていました。

Pit02_1

デビューは1991年、私の乗っていたのは翌年のMCに合わせて投入されたiRというグレード(つまりは廉価版)。スバル・レガシィと並んでわが国のステーションワゴンブームを築いた1台でしょう。上の写真は鈴鹿サーキットでのオーナーズミーティング。左が前期型、右が私の後期型。

Imgp1092

このCB-9型と、その後継で爆発的ヒットとなったCE-1型まではアメリカで設計・製造されていましたが、その次のモデルからは国内専用となり、現行型は欧州モデルと同一の設計になっています。さて、このCB-9型とCE-1型、その魅力はやはりアメリカらしいおおらかで伸びやかなスタイリングでしょう。実のところ、国内で乗るには2,200ccという微妙に大きなエンジンのせいで自動車税が高くなってしまったり、前後ダブルウィッシュボーンという凝ったサスペンションがワゴンながら荷室を圧迫し、荷物の積載性をスポイルしている部分もありますが、それでも今なお、惚れ惚れとするデザインです。

Imgp1121

当時のホンダらしい、開放的な室内、某T社のクルマが外装=白色、内装=茶色ばっかり、と(つまりおっさん臭く、)まるで金太郎飴のようにつまらなかった中で、非常にきれいなワインレッドのボディは、ホンダらしいなあ、と思います。かつて小学校の担任の先生が、とてもキレイなワインレッドの初代アコードに乗っておられたのですが、そのクルマは当時としては珍しいベージュの内装でもあり、非常に印象的でした。で、自分もいつかワインレッドのアコードに乗りたい!と思っていたものです。

Dscf0082

私のもとにやってきたときで、すでに2人のオーナーの手を経て、10年10万kmオーバー。オーディオやエンジン周りをオークションで見つけたさまざまなパーツでモディファイしたり、劣化した消耗品の交換に月に1度は入院、と良くも悪くも手のかかる車ではありましたが、車に乗るという楽しみといじる楽しみを教えてくれました。まあ、単にお金が無かったので、ちょこちょこ直しながら、というのが正直なところではありますが。でも塗装やエンジンの状態は上々で、知らない人には10年以上前のクルマだよ、という話をすると驚かれたものです。

Imgp1130

こだわっていたのが、いろんなパーツを、このクルマの故郷であるアメリカ仕様にすること。たとえば一番最初の写真ではフロントのコーナーランプが白色ですが、アメリカからネット通販で部品を直接取り寄せて、オレンジ色のリフレクター付のものに変えたりしました。

Cb9_2

実際、いろいろいじってると、アメリカの工場でオジサンが書いたであろう文字が現れてきたり、と楽しいもんでした。感心したのが、当時の車としては非常にしっかりしたつくりのシート。同型の国内仕様のアコードは、座った瞬間はふわふわしていていいのですが、長距離を走るとその違いは歴然としていました。私は腰痛持ちなので、シートにはうるさいのですが、さらに途中でレカロに交換したりもしました。このクルマは当時としては珍しいエアバッグやサイドインパクトバーも標準装備で、廉価版といってもサンルーフが省かれたり、といった程度でした。どうでもいい豪華装備よりも、そういうクルマとしてもっと大事な部分にこそお金をかけて欲しい、と、今でも日本車メーカーには思います。(特に世界一のメーカーになるのが確実なT社)。。。

Imgp1124 

エンジンはやはりホンダらしく、絶品。アメリカ生まれということもあり、高回転・高出力型ではなく、低速域のトルク重視の出力特性ではありましたが、それでもやはりトップエンドまで気持ちよい音とともにスムーズに吹け上がっていく様は、F1のホンダの面目躍如といったところでしょうか。他のメーカーには無い音でしたね。

Xc4

先輩が乗っていたときも、一緒にスキーに行ったり、鈴鹿にレースを見に行ってクルマの中で寝泊りしたり。自分のものになってからもいろんなところに一緒に行ったり、ありがたくない記念写真を撮られて罰金払わされたり(笑)、いわば青春の思い出の一台 (^^ゞ。

Dsc03097

クルマの買い替え時の納車日のワンショット。一昨年末に車を買い替えた際に、後輩にまたまたタダで譲ったのですが、ついに先日、寿命を終えました。最後はATの経年劣化による故障だったようです。

合計4人のオーナーで、15年で16万キロ、分かっているだけでも北は岩手から、南は熊本までを走り回りました。クルマとして、幸せな一生だったのかな、とも思います。

長い間、お疲れ様でした。

|

« 蘇洞門めぐりと三方五湖 | トップページ | 正面橋 »

クルマノハナシ」カテゴリの記事

コメント

どこかで読んだような記事だと思ったら(笑)
これの次のタイプのUSアコードワゴンは、会社にありました。色もワインレッドで、工事現場へ乗って行く車輌として活躍しておりました。3月でその部署も閉鎖になったので廃車orどこかに売られたと思います。アコードワゴンといえばこの色でしたね。

こちらからもTBいたします。

投稿: ごしゅりん | 2007年5月 6日 (日) 22時12分

もちろん、サヨナラ306を読んで思いついた記事です(笑)レガシィ=白、というのと対照的に2代目アコードワゴンはワインレッドがほとんどでしたね。F型エンジンはその後、3代目アコードワゴンまで使われていましたが、VTECじゃなくともいいエンジンでした。

投稿: harada | 2007年5月 6日 (日) 22時25分

コンバンワ
クルマノハナシを見させて戴いて驚きました。同じ車に乗っていたのですね!
σ(^_^)もVWに行く前はHONDAに乗っていました。
ジムニーから乗り換えたのが、当時出て2年目のUSアコードワゴン2.2(CB-9)です。
ダッシュボードのHONDA OF AMERICA MFG INCの文字が誇らしかったのを覚えています。 色も同じワインレッド! 結婚してしばらく乗っていました。
3年で9万オーバー乗りましたがノントラブルでした。もしかしたら亀岡で見かけたワゴンちゃんはこのワゴンだったのかもそれませんね。街で見かけるとw(゜o゜)w オオー!懐かしい!子供にもコレに乗ってたんやで~と話していました。
キャリアを乗せて、自転車乗せていたのも同じですよ~。当時、フェリーで別府まで行き、阿蘇廻りで長崎まで行ったこともあります。
特に好きだったのが後ろのラインです。スッキリとしたリアは惚れ惚れするくらいですね!
いやいや懐かしいのと驚いたので思わず長文になってしまいました。
ワゴンの後、インスパイアに載り、VWへと変化したのでありました。

投稿: naru(^-^)/ドモ | 2008年11月16日 (日) 22時41分

近所で、US仕様にモディファイしていたのは私だけでしたから、目撃されていたとしても不思議ではないですね。

今の車にはない、すっきりしたデザイン、買い替えの際には、予算の問題もありましたが、新車で206SWを買うか、中古ではありますが、やはり似た雰囲気の406ブレークを買うか、かなり真剣に悩みました。結局、MTの設定があるから、という理由と、試乗したときの軽快な動きに惚れて206SWになったわけですが、今でも街中ですれ違うと、アコードWと406break、気になる一台です。

フェリーに乗って北海道、、、というのが夢ですが実現していません(笑)

投稿: harada | 2008年11月17日 (月) 16時58分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/148419/14972162

この記事へのトラックバック一覧です: Honda US Accord Wagon 2.2iR:

» サヨナラ306 [Switch to SW Blog]
風の便りで聞いたのだが、私が乗っていた306がついに廃車となったらしい。 登録が1997年3月だったため、ちょうど丸10年で終焉を迎えたということになります。 私の元で青森の尻屋崎から鹿児島の佐多岬まで広範囲に走り回り、5年半で80,000km弱の走行でした。このクルマの時代はオフ会参加率も高かった(笑)。私の20代後半の思い出はこのクルマと共にある、といっても過言ではない。 私の元を去った後も程ほどに快調に走り、生涯走行距離は140,000kmぐらいだったそう。 何と言ってもそのプレー... [続きを読む]

受信: 2007年5月 6日 (日) 22時13分

« 蘇洞門めぐりと三方五湖 | トップページ | 正面橋 »