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2007年4月 8日 (日)

神泉苑から二条城の夜桜へ

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今日は仕事帰りに二条城の夜桜を。二条駅で途中下車して、神泉苑を通って二条城まで。

(4/12追記)

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夕暮れ時の静かな時間にみる桜もいいものです。

現在は料亭の庭、といったような風情の神泉苑ですが、元は延暦13年(794年)の平安京遷都とほぼ同時期に、平安京大内裏の南に接して造営された禁苑(天皇のための庭園)で、当初の敷地は二条通りから三条通りまで、南北400メートル、東西200メートルに及び、池を中心とした大庭園でした。

史料に初めて登場するのは「日本紀略」の記事で、延暦19年(800年)7月19日(旧暦)、桓武天皇が行幸したと記されています。また、延暦21年(802年)には雅宴が催されたとあり、この頃から神泉苑は天皇や廷臣の宴遊の場となっていたようです。

神泉苑には竜神が住むといわれ、天長元年(824年)に西寺の守敏と東寺の空海が祈雨の法を競い、空海が勝ったことから以後東寺の支配下に入るようになったとか。現在でも、ここは本尊は聖観音とする東寺真言宗の寺院です

中世以降は右京の衰退とともに荒廃してしまい、慶長8年(1603年)に徳川家康が二条城をすぐ北に造営した際には神泉苑の敷地の大部分が城内に取り込まれて著しく規模を縮小した。ほかにも言い伝えでは、源義経と静御前が出会った場所とも言われています。

また、京都を東西に貫く「御池通」の名前の由来であるとの説もあります。実際、この場所は、下鴨神社-(現在の)御所-神泉苑と、京都の地下水脈を見たときに重要な場所に位置しており、古代の都市計画上も重要な位置だったのでしょう。

ちなみに、祇園祭のルーツもここにあります。記録に残っている範囲では、貞観7年(865)年6月7日、当時都で疫病が大流行していたのですが、これを鎮める祈願を込めて、卜部日良麿が66本の矛で牛頭天王に御霊会を行ったのが最初といわれています。『三代実録』には、

京畿七道の諾人、事を御霊会に寄せ、私かに徒衆を聚め、走馬騎射することを禁ず。小児の聚戯は制限にあらず。

とあり、以前より盛大に行われていたと考えられています。祇園社の名ではっきり記されているのは『祇園社本縁録』で、貞観11年(869年)6月7日のことで、このときは神泉苑に矛66本を立て、祇園社から神輿を送ったとされていて、これが祇園祭の始め、といわれています。

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さて、二条城へ。

有名な国宝二の丸御殿。あの大政奉還が行われたのはまさにここ。二条城が完成したとき、家康も、お花見をするために(?)わざわざ桜の時期を選んで引っ越したとか。

江戸時代の始めには、家康と朝廷、あるいは豊臣家とのさまざまなドラマの舞台になり、また幕末にはまさに激動の時代の最中にあった二条城ですが、東京奠都後の明治4年(1871年)には二の丸御殿は京都府庁舎となります。

その後、明治6年に陸軍省の所管に移された後に明治17年(1881年)には宮内省の所管となり「二条離宮」と改称しました。ですから、今でも「元離宮 二条城」と呼ばれるわけですね。

翌明治18年(1882年)に京都府の新庁舎が完成したため移転した後、二の丸御殿の修理が明治20年まで行われ、明治26年から27年にかけて、京都御苑の今出川門脇に位置する旧桂宮邸を本丸へ移築し、本丸御殿とします。そして、大正4年(1915年)、大正天皇即位の儀式である大典の饗宴場として二条城二の丸が使用され、それに伴い、南門や二の丸御殿の附属建物が増築されました。

第二次世界大戦後は、GHQの意向で、二の丸北側にテニスコートが作られたりもしましたが、ご存知の通り、1994年にはユネスコの世界文化遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録されました。

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いろいろな桜が楽しめます。ただただ、ため息。

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ここにも見事な枝垂桜。そして紅枝垂れ桜は咲き始めたばかり、といったところ。あと1週間ほどで見ごろでしょうか。

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台所には見事な生花と筝曲の演奏。それにしても台所の立派な木組みには感心するばかり。

京は九万九千群衆の花見かな 松尾芭蕉

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